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沖ノ島世界遺産登録について思う事

沖ノ島世界遺産登録の報道を聞いて、心配になってきた。

昔から、沖ノ島が海の正倉院と呼ばれていて、シルクロード経由の古代の遺物が、地面の上に無造作に置かれていると伝えられてきていて、学術的にも非常に価値のある、金属製や陶製の品々で、全て国宝に指定されている。

我々には知るよしも無いが、この国宝群の価値は、数十億円以上とも言われている。

これは鑑定がきっちりされた価値では無く、大雑把な概算でもあり、学術的な価値等は計り知れない。

沖ノ島は、周囲は切り立った崖が多く、上陸出来る場所は限られているとの事ではあるが、しかし、これだけ大々的に報道されたら、盗まれる心配が増大してしまった。

日本人は中々盗む気にはならないだろうが、韓国やら北朝鮮やら中国やらからの、盗賊の心配はしなければならないと思う。

巡視艇を常に沖ノ島周辺に配置して警戒する必要が生じたとは感じる。

しかし、何で世界遺産に登録しようと考えたのだろう?

宗像大社周辺、いや、九州北部や山口県島根県などの人達は、昔から沖ノ島には、神の島としての敬意を払い、勝手に上陸をしようとはしなかったし、ましてや遺物を持ち出す事など考えても居なかったから、警備の事など考える必要が無かった。

海の正倉院として知る人ぞ知る沖ノ島

何故、世界遺産に登録しようと考えたのか?

福岡県や国、宗像大社が関与しているのだろうが、世界遺産に登録される事で、盗難の危険が増大する事は考え無かったのか?

世界遺産に登録される事で、観光資源になるだろうという安易な考えがあったのだろうが、世界遺産登録の後の2・3年は効果があったとしても、その後は観光客の数は激減して、投下した資金に見合う結果はなかなか得られていないはずだ。(石見銀山などは好例であり、韮山反射炉富岡製糸場などもそうなるだろう。)

この沖ノ島世界遺産申請をきっかけに、安易な登録申請は考え直す必要があると思う。

沖ノ島の遺物が失われてから理解するとしたら、こんなに悲しく虚しい事は無い。

世界遺産登録(NHK大河ドラマを含めても良い)→観光客増加→外国人観光客増加→日本人観光客減少→問題山積の流れは、富士山やら浅草やら京都やらの問題点を考えたら判る。

京都の祇園周辺などは特にそうだが、外国人観光客によって街の雰囲気が変わってしまった。

富士山と浅草仲見世などは、外国人観光客が7割近くになり、日本人観光客がほとんど居ない。

外国人観光客のマナーの問題だけでなく、1人辺りの落とすお金を考えても、日本人観光客の方が多いのは当たり前。

単純な発想で安易に世界遺産の申請をするのを止め、様々な問題をしっかり判断した上での、総合的な観光開発を考えるべき時が来たと思う。

魅力的な観光地とは何か?

改めて考えて欲しい。